トルクメニスタンの名所
トルクメニスタンの基本情報 |
国土の80%が砂漠 面積は日本の1.3倍 人口 約530万 名馬の産地
トルク人が約80% ウズベク人が10% その他ロシア人やカザフ人など
宗教はイスラムスンニ派 永世中立国 トルコ語とロシア語が通じる
天然ガスと石油の地下資源が豊富 成長率は高く10%以上
ただし報道の自由度ランキングは下から3番目 トイレが少ない
※ほかの中央アジアの国と違い ソ連時代からの名残で個人旅行が まだ解禁されていない。
旅行会社に申し込み宿泊とガイド込みのツアーを組んでもらわないとビザが発給されない。
治安は良好
<政治>
ニアゾフ元大統領 もともとはゴルバチョフが抜擢した大統領 2002年には大統領暗殺未遂も発生した
世界の独裁者 10人のうちの一人 独裁者だが世襲制は取ってない 大統領は過去に口パク禁止令を発令したこともある
町には30メートルおきに黄金のニヤゾソ像が建っている ニヤゾフは地方の病院を閉鎖し 医者を首都に移住させた
図書館 タバコ オペラも禁止した 図書館は首都と大学施設のみ 国際ジャーナリストの入国禁止 女性の金歯禁止
ガソリンや公共料金は無料にした ニヤゾフはメロンの日を制定するほどのメロン好き
<飲食>
ピラフの発祥(※トルコと言う説もある)
ラクダのミルク 薬草入りのお酒
アシュガバード(トルクメニスタンの首都) |
ニサ遺跡(パルキア王国の都)首都近辺にある遺跡
ゾロアスター教を信仰 神殿遺跡も残っている
ゴングルデベ gongur depe
5000年前の集落跡 王宮の周りには3重の城壁に囲まれていた
紀元前2000年前(約4000年前)の王の墓
パルキア王国は 紀元前3世紀 ローマ帝国と世界を2分する勢いだった
ワインの貯蔵所跡も残っている
メルブ遺跡 merv マーリmary トルクメニスタン第2の都市 |
1972年 空の上から砂漠の遺跡が発見された
砂の中に埋もれたオリエント工芸とギリシャ神話が合わさった土器
紀元前の古代メルブは古代ローマ帝国を脅かした都だった
エルクカラ
遺跡は紀元前6世紀の日干し煉瓦を積み立てた建物
高さは今でも50メートルある
小高い丘は支配者の館跡 かつては数十万の人が暮らしていた大都市だった
商人が建てた僧院 大仏も発見されている
イラン製の壺には結婚式や葬式の模様が描かれている
ガンダーラ仏教(アフガニスタン)も描かれている
スタンサンジャル廟(12世紀) いつの間にかイスラムの巡礼地となった
乙女の城 kyz kala 新たに作った日干し煉瓦が昔の物より劣ることが分かった
昔と同じ方法で作っても結果は同じ
トルク族の入植は8~10世紀
1211年(13世紀)チンギスハーン率いるモンゴル軍に町は徹底的に破壊され滅ぼされてしまった
ティムールに制圧された後 帝政ロシアに制圧
ロシア文化を強制される
ゴングルデベ
夏は猛暑になり さらに毒蛇やサソリも出没する
クフナ ウルゲンチ トルクメニスタン ヒヴァ(ウズベキスタン)から約150キロの位置にある |
10世紀から14世紀まで約500年間栄えた王国の遺跡
地獄の門 ダルヴァザ・ガス・クレータ トルクメニスタン |
1971年 ソ連が行った地質調査の際 地盤沈下により起きた 直径60メートル 深さ20メートルの燃える穴
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