1唐と吐蕃の時代①朝鮮初の統一王朝 唐中央アジア併合(7世紀)
618年
第4回の隋(中国)の高句麗(中国東北 韓国 北朝鮮)遠征の際 隋で農民の反乱がおこる そして隋は滅亡した
隋の最後の皇帝 煬帝(ようだい)が亡くなり 唐が建国される 唐の都は引き続き隋代と同じ長安(西安)に置かれた
唐が統治していたころの長安(西安)の城壁は今の8倍の高さ 96メートルもあった
アラブからの使者が唐にイスラム教を伝えた
唐の時代 唐は朝鮮やベトナムにまで進出した
(同年)
ソンチェンランポ王がラサを都とする吐蕃を建国した
618年以降 茶馬古道 唐から吐蕃への輸送路 雲南(唐領)で取れた茶葉をチベット(吐蕃)へ運んでいた
20世紀 茶馬古道は毛沢東により自動車道に造り変えられた
618年
唐の時代 中国 敦煌郊外の渓谷に楡林窟が彫られる 完成までは700年の月日を要した
7世紀 唐の時代 河南省の少林寺に石塔が建てられる
7世紀の唐の時代 少林寺で少林寺拳法が始まる
西突厥(中央アジア)と東ローマ軍がササン朝ペルシャ(イラン)と第二次ペルソテュウク戦争を起こす。
チベット人から愛される唐出身の王妃 文成公主が生まれる
彼女がチベットに仏教を広めた
アラブの使者が唐にイスラム教を伝えた
広東省に中国で一番古いイスラム モスク 懐聖寺 が建てたれる
西突厥(中央アジア)と東ローマ軍がササン朝ペルシャ(イラン)と第三次ペルソテュウク戦争を起こす。
結果は東ローマ 西突厥連合軍の勝利
628年 カンボジアでは扶南(ふなん)と真臘(しんろう)との間で行われていた戦争が終結し真臘(しんろう)のイシャーナヴァルマン1世が扶南(ふなん)を占領し 扶南(ふなん)は滅亡した。
それまで唐は東突厥の兵士を借りていたが 力関係が逆転し 東突厥は唐の属国となる
631年
唐が北中国と中央アジア全土を統一する
高句麗は唐の侵入を防ぐため15年間かけ千里長城(中国東北)を建設した。
ホータン王国(ウイグル)は唐の属国となる
三蔵が立ち寄ったホータン王国には100を超える仏教寺院があった
640年 高昌故城がある高昌国(トルファン=ワインの産地)が唐に滅ぼされる
640年 ウイグル地方は唐の統治下にはいる
645年 大化の改新
日本の奈良でクーデターが発生し その後 天皇家が政権を取る
大化と言う日本で初めての元号が付けられた
ちなみに中国王朝は日本よりも約770年も古い 紀元前140年頃には もうすでに元号が付けられていた。
文成公主(唐の王妃)と その夫(吐蕃のチベット人)が祀られたお寺 2人は制約結婚だった
文成公主亡き後 再び唐と吐蕃が争いを始める
649年吐蕃がホータンを攻める
ホータン王国(ウイグル)は吐蕃(チベット)の属国となる
649年 昭陵(甘粛省 西安) 唐の歴代皇帝の墓
652年 大雁塔だいがんとう(甘粛省 西安) 高さ64メートル 三蔵法師がインドから持ち帰った仏教の経典を保管するために建てられた建物 三蔵はこの建物の中で仏典の翻訳作業を行った。
655年
高句麗が新羅を攻め33の城を奪う
西突厥(中央アジア)は唐の支配下に入る
同年 西突厥は滅亡する
661年~668年
663年 白村江の戦い 倭国が百済救済にあたるが大敗を期す
新羅(都は慶州)が朝鮮初の統一王朝となった
慶州歴史地区 新羅ミレニアムパーク
663年
吐谷渾(とよくこんモンゴル)は吐蕃(とばんチベット系)によって滅ぼされる
664年 三蔵法師が62歳で亡くなる 興教寺(西安)の仏塔には三蔵の遺骨が納められている (唐三蔵塔 西安)玄奘三蔵のお墓
日本の天皇は安全上の理由で都を飛鳥京(奈良)から大津京(滋賀)へと移された
668年
668年 唐(中国王朝)と新羅が組み 百済と高句麗を滅ぼす。(のちにどちらの王朝も復活する)
以後 百済の領土は新羅が 高句麗の領地は 唐と新羅により分割統治される
670年
6年間に渡り唐(中国)と新羅(朝鮮)の間で 唐 新羅戦争 が起こる 唐が朝鮮半島に攻め込み 一度は平壌が陥落したものの最後は新羅が勝利した。
新羅は朝鮮半島の領土を守りぬき さらに唐の属国から脱却した。
唐(中国)からの使節 王玄策がインド(グプタ朝)を訪問中 豪族に捕らわれる リッチャヴィ朝(ネパール)と
吐蕃(チベット)が軍を派遣し王玄策(唐)を救出した
680年
680年 薬師寺 五重塔 高さ34メートル 奈良
25年前 吐蕃(チベット)から独立したネパール リッチャヴィ朝は再び吐蕃の傘下に入る
687年 開元寺(福建省) 唐代に建てられたバラモン教寺院
690年
唐の時代 中国史でたった一人の女の皇帝(女帝) 則天武后(悪女)が誕生する
同年 日本でも史上4人目の女帝の持統(じとう)天皇が誕生する 女帝は中国史1人に対し日本史は10人誕生している
ホータン王国は吐蕃に占領されホータン王は唐へ亡命する。
唐(則天武后)が救済に入りホータンを救う 以降 ホータン王国は唐の保護国となる
694年
日本の天皇は唐(中国)の都に習って 今の奈良県に藤原京と言う立派な宮殿を作った
695年
洛陽の龍門石窟に則天武后(中国王朝初の女帝)をモデルにした廬舎那仏像(大仏) 高さ17メートルが彫られた
敦煌の莫高窟には則天武后に似せた北大仏が造られた。奈良の大仏より古いが大きさは奈良の大仏の2倍以上の33メートルある。南には高さ26メートルの南大仏がある
698年
中国北部(一部シベリアと北朝鮮のエリア)にロシアシベリア ツングース系民族からなる渤海 建国される
黒竜江省 牡丹江(ぼたんこう)市の上京龍泉府遺址は渤海時代の物
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1唐と吐蕃の時代①朝鮮初の統一王朝 唐中央アジア併合(7世紀)
2唐と吐蕃の時代②イスラムの台頭 安史の乱 タラスの戦い(8世紀と9世紀)
3日本は初めて朝鮮は2度目の統一王朝 誕生(10~12世紀)
4モンゴル帝国時代①中東インド ヨーロッパ遠征(13世紀 前期)
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