紀元前50~20世紀
紀元前50世紀 |
大地湾遺跡 新石器時代の2万展の遺跡が出土

紀元前35世紀 |
〇バンチェン遺跡バーンチアン(タイ ウドンタニーから約50キロ)1893年 インドシナに侵攻したフランスとタイとの非武装地帯から始まった ベトナム戦争時にはアメリカ軍が使用


紀元前30世紀 |
河母渡遺跡 1973年に発見された 7000年前(日本は縄文前期)のコメが出て来た


紀元前3000~2000年ごろ人類が初めてグアムに上陸する
フィリピンから東南アジア系のチャモロ人がカヌーに乗って移住した。
人口の石塔 ラッテ・ストーンはその時の物

ナッサ貝の貝殻を使ったシェルマネー実際のお金として今もつかわれている 腕の長さで値段が決まる 片腕の長さ=2キナ(80円)

紀元前25世紀 |

紀元前20世紀 |
1966年 アメリカ人が紀元前3500年前の土器を発見 バンチェン人は3千年以上前から稲作をしていた
ひもで模様が描かれた縄文土器も見つかった ワラで焼いて作る 今も同じ方法で土器が作られている
伝説の王朝 楼蘭 (推定)紀元前20世紀 ![]() 記録に残っているものとしては紀元前2世紀以降 |
〇ミイラ(楼蘭鉄板河遺跡) タクラマカンに最初の文明を作った人たち 牛の皮に覆われた
3800~4000年前の遺跡 身長160センチ20代のヨーロッパ系の美女のミイラ 長いマツゲ 南シベリアからやって来たとされている 1980年に発見された

(※ミイラはウルムチの博物館に展示) ※楼蘭とミーラン遺跡巡りは費用が非常に高額!最低14500元(約18万円3日間)
遺体の周りに麻薬の一種の枝がまかれていた 2メートルの棺 60代の老人のミイラには帽子のところに2匹のイタチが縫い付けられていた
埋葬するとき牛を一匹殺している 保存状態のいいミイラの顔に乳白のクリーム状のものが塗られていた 極度の乾燥から皮膚を守る効果があった
インド系の人種 ミイラがゴロゴロ 2000年前の小麦も
駱駝の皮で覆われた2000年前のミイラ 3800年前の1歳の子のミイラも発見されている 弓
紀元前1世紀に書かれた資料にローラン城の事が書かれていた ぜんぜん国の遺跡 かつての都市 過去に核実験が行われた場所 砂漠にすむ鹿 鹿肉でギョーザ造り
王国は紀元前2世紀から600年間栄えた 人口14100人 兵士2912人 僧侶4000人 遺跡には仏塔跡も

〇新疆文物博物館(新疆ウイグル自治区博物館 2階) 150体のミイラ 2回には楼蘭Loulan遺跡で見つかったミイラを展示
3800~4000年前のヨーロッパ系美女のミイラもここに保管 身長180センチのミイラも展示


楼蘭Loulan ロプノール(湖)動く湖 水がかれ湖は1934年に消滅 貝殻が散乱 王国の繁栄を支えていたのはロプノール(湖)の水だった
(気候)年間降水量15ミリ 最高43度 最低‐29度 砂暴(砂の霧)年40日以上 細かい砂の微粒子が舞う日 年200日以上




〇米欄遺跡ミーラン チャルクリク県 ぜんぜん国の遺跡 4000年前のペルシャ美人の骨が見つかった エジプトのミイラとは違い自然にできた
遺跡から100体以上のミイラが見つかる 西から東へ渡ってきた カスピ海あたりの人 アーリア系民族 3000年前の男性のミイラも 皮膚や髪の毛が残っている

黒水国城 砂に埋もれた遺跡


〇小河墓遺跡(詳しい場所は不明)砂漠に無数の柱が立つ 3000~4000年前の物 殷王朝のころ 6~8角形に削られた柱が140本
広さ74×34メートル 高さ7メートル タクラマカン最大の墓 そのほか動物の皮で造られたブーツも出土 ローランよりさらに1000年古い遺跡


赤い柱は男性 黒の柱は女性 その後ローラン遺跡までの1000年間は一つも遺跡が残っていない 空白の千年
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