7イスラマバード
パンジャーブとは5つの川を意味する パキスタンがインドから独立する際 州は両国により分断された
もともとパキスタンの首都は南部のカラチであったが1559年に移転された
1961年 イスラマバードに改名された ソー川の川沿いには7000年前から人が住み続けている
(シャーファイサル モスク)
サウジアラビアのファイサル王が資金を提供し建てられた
1万5千人収容可能なモスク ミナレットの高さは90メートル
<郊外>
ガンダーラ遺跡(アフガニスタン東部からパキスタン北西部にかけて)
ブッタの死後 500年間は仏像を作られることはなかった
西暦1世紀 ガンダーラで初めて仏像が作られた
ちょうどそのころシャーン族もガンダーラに進出する
ガンダーラ王国は6世紀から11世紀にかけて存在した仏教国
紀元前333年 アレクサンダー大王は征服した町に次々とギリシャ人を送り込んでいった
ガンダーラ地方はちょうど西方と東方の仏教が入り混じった場所にあった
1世紀には仏像が誕生するこの地方の仏像にはギリシャ彫刻の特徴がみられる
(ロータス フォート)イスラマバードから約100キロ
1540年 スール朝がムガル帝国から一時的に領土を奪い取って築いた城
現在 城壁の中には遊牧民が住み着き村が出来ている
城壁の上には転落処刑を行っていた穴がある
<(タキシラ)世界遺産の仏教遺跡 イスラマバードから約40キロ>
ガンダーラ仏教遺跡
紀元前4世紀 アレクサンダーの侵攻以来ずっとギリシャ人が住み続けている
当時この地域では仏教が盛んであった パキスタンのインド文化とギリシャ文化が融合した仏教彫刻も残っている
タキシラで見つかった黄金の舎利容器 仏像誕生 間もないころに作られたもの
この舎利容器には宝石もはめ込まれている 現在はイギリスの大英博物館に展示されている
そのほか大英博物館にはギリシャ風の衣装を着た男女が仏教寺院を参拝する様子の彫刻などがある
それらはパキスタンのガンダーラ遺跡から見つかった また この時代にブッタが初めて人の姿として描かれている
シルカップ遺跡(ガンダーラ王国時代 ギリシャ人が造った計画都市)
約2300年前のアレクサンダー大遠征が終わり その100年後
残されたギリシャ人がガンダーラ地方に国を作り 計画都市も作った
(ビルマウンド)
(ダルマラージカー)紀元前1~4世紀の仏塔遺跡
(ジョーリヤーン)
(モーラ モラドゥ)
(シルスフ)クシャナ朝カニシカ王の時代の都市遺跡
(タキシラ博物館)遺跡で見たかった出土品のほとんどがこの博物館に保存されている
<もくじ>
1基本情報&ニュース料理
2桃源郷フンザ
3ディール(スワート地区)
4ラホール(インド アムリトサル郊外)
5ペシャワール(ハイバル峠)
6モヘンジョダロ(インダス文明遺跡)
7イスラマバード(首都)
8カラチ他その他の名所
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