ソロモン諸島に関する情報!
ソロモン諸島 パプアの隣の島国 英語が公用語 ギジン語(現地の言葉)が混じった英語
95パーセントがクリスチャン
人口53万 面積は四国の1.5倍
ギリシャ語で黒い肌を意味するメラネシア系に属する
大小1000の島からなる国
農業・牧畜業・水産業・林業・狩猟業・鉱業などの第一次産業が盛ん
島の中央にはソロモン諸島最高峰のポポマナセウ山(2,335m)がそびえてる
首都はホニアラ 排他的経済水域は太平洋で3番目
イギリス連邦の一員にして英連邦王国の一国。
首都であるホニアラは、ガダルカナル島に位置している。
ガナルカナルは太平洋戦争の激戦地 飢え死にした日本兵が多かったところ
大きさは愛知県や千葉県ほどの大きさ
ビウラ村(戦争があったジャングルの村) 中央の
世界のサンゴ礁郡 大小1000の島からなる
島民の性格は恥ずかしがりや
魚やカニが豊富 カツオやマグロの漁場
日本食堂を経営している日本人女性がいる ノリオズ
島民は刺身をよく食べる
日本からの直行便はない
ビウラ
(歴史)
約5万年前の氷河期の時 人類は凍った海の上を歩いて太平洋までたどり着いたとされている
少なくとも紀元前1000年ごろまでにメラネシア系の人が住んでいた。
1568年、スペイン人探検家が イザベル島に到着
さらにガダルカナル島で砂金を発見 しかしスペインは植民地化に失敗する
ソロモン王(紀元前のイスラエルの王様)の失われた地があるとのうわさが流れた結果
ソロモン諸島という地名が付いた
もともとソロモンは、旧約聖書の『列王記』に登場する
古代イスラエルの第3代の王のおこと 紀元前971年 – 紀元前931年 エルサレムの王
1893年 – イギリスの保護領となる。
19世紀後半 ドイツがほかのヨーロッパ諸国に出遅れて植民地化する
結果 ソロモン諸島の北部はドイツ 南部はイギリスが支配する
第2次大戦中 1942年 一時 日本の占領下に入る
翌年 激戦ののち日本からアメリカが統治することになる
首都は戦争の被害が大きかったため移転 米軍は1950年まで駐留する
のちにふたたびイギリスが支配する
1962年 サモアがソロモンより先に独立を果たす
1976年にソロモン政府を立ち上げる
1978年 イギリス連邦という形で独立
独立の背景にはイギリスの植民地経営が困難になったから
その結果 イギリスがソロモンに独立を促した。
前からイギリスはソロモンに対して緩い支配体制だった
1999年 襲撃事件が発生し 1~3万5千人の難民が発生する
2000年 1月17日 武装集団が軍の兵器を盗む
犯罪が罰せられない無法地帯 治安は最悪の状態となる
2002年 部族同士の衝突があり内戦となった
その年 ソロモンは破綻国家となる
このまま放置するとテロの温床になるとの危険性からオーストラリアが仲介に入る
2003年 オーストラリア フィジー ニュージーランド パプアニューギニア
トンガ が共同で編成部隊を結成しソロモン諸島へと入る
それらの外国人からなる軍や警察官がソロモンの治安維持にあたる
その中でもオーストラリア人が最も多く派遣された
そのかいあって武装集団は解体
しかし その後も住民同士の土地をめぐる争いが絶えない
いまだに治安が悪い
(風習)
1970年代 少年少女に顔きりの儀式を行っていた
顔は腫れあがり高熱にうなされる 大人になるための大事な儀式
凧あげ漁 (マライタ島)
棚に亡くなった人の頭蓋骨を保管
25年ぶりに頭がい骨を取り出し 頭がい骨祭りが行われる
15~16歳で結婚するのが一般的
紀元前2世紀にシェルマネーを使い始める
現在でも使われている(※パプアのラバウルも同じ)
シェルマネーは貝殻以外に犬やイルカの歯も使われる
赤い貝殻を使用したシェルマネーは高価で価値が高い
コメントを残す