10ゴール旧市街(岬に突き出た砦)
<ゴールの場所>
国内で3番目の町で古くからの港町 かつては海のシルクロードの重要拠点だった
1505年ポルトガルの艦隊がゴール(地名)に到達する そこが港造りに適していたのでポルトガル人はそのまま定住
港に要塞などを建築し それがゴールの始まりとなった ゴールとはスリランカ語で岩の意味
ゴールとスリランカはポルトガルに続きオランダ イギリスと次々に支配者が変わる
<ゴール旧市街> 16世紀 ポルトガルによって建てられた最も古い建物
ポルトガルの統治は40年だがこれだけの規模で建物が残っているのはスリランカでゴールのみ
17世紀 この地方の支配者がポルトガルからオランダに代わる オランダ教会などコロニアル様式の建物が残っている
当時のゴールは 日本の長崎の出島ような存在であった オランダは岬全体を城壁で囲んだ
城壁の上には大砲も備え付けられた 城壁の下にある穴は下水道 潮の満ち引きを利用して水を流していた
オランダ東インド会社の紋章が掲げられたままとなっている オールドゲート
※東インド会社とはヨーロッパの5か国からなる東洋の貿易を主な目的として設立された会社※
町は碁盤目状に整備された オランダの集会場は もともとあった仏教のお寺を改装して造られた
18世紀のオランダ統治時代の教会 オランダ時代の総統府などオランダ統治時代の建物が一番多く残っている
19世紀 オランダに代わりイギリスがゴールを支配する イギリスは城壁を強化し新たなゲートを造った
また2004年に起こったスマトラ沖地震の際は城壁が津波の進行を防いだ
イギリス統治時代に建てられた時計塔 オールセインス教会などが今も残っている
この時 漁師の多くはキリスト教に改宗した 教会には今も150人の信者が通っている
ただ7世紀ごろ移住したアラブ商人の子孫も多くイスラム教徒も多い
かつて砦として使われていた建物は今 警察署として使われている
イギリスは水路や鉄道を整備しスリランカの近代化(=欧米化)に貢献した。
さらにイギリスは椰子やゴム香辛料(紅茶も)の産業も起こした。
(海洋考古学博物館)2004年の津波で一時は流されてしまったがオランダ政府の協力で2010年に復帰した
(マータラ)海辺の寺院 潮吹き岩
(マルキリガラ)小規模なシーギリアロック
(ティッサマハーラマ)仏塔
(マスクミュージアム)木彫りのマスク伝統の仮面を展示 悪魔を呼び寄せる伝統舞踊
炎が上がったのは悪魔が現れた知らせ マスクづくりの工房が見学できる
(アンバランゴダ ambalangoda)悪魔の仮面の産地として有名 仮面博物館
(シンハラージャ森林保護区Sinharaja Forest Reserve) 植物の70パーセントが固有種 野鳥の宝庫
(ヒッカドゥアビーチ)南西部の海岸 ウミガメが集まる 椰子酒にたわし造りが盛ん
(マリン タートルズ&プロテクティング センター)毎晩ウミガメの出産が見られる
(ヒッカドゥワ) 11月~4月の満月の夜 ウミガメの産卵が見られる
(ストルトフィッィング)竹馬漁 海の浅瀬に立てられた何本かの杭の上で釣りをする
浅瀬に住む小魚をとるために編み出された知恵 いつ始まったのかはわかっていない
棒の長さは1メートル 棒は それぞれ持ち主が決まっている 半年に一回 棒を交換している
スリランカ人は趣味ではなく生活のために釣りを行っているが一日 30~40匹つれて儲けは100円程度
ただ餌はいらないため餌代はかからない
(地引網漁)
日本でも昔よく行われていた海辺の地引網漁 朝7時に沖合3キロのところに仕掛けられた網を引き揚げる
すべて引き上げるのに3時間かかる
高さ20メートルの岸壁から水深30センチの海に飛び込むダイバーがいる
観光客目当てのダイビングショー 一回のギャラが300ルピー(150~250円)
<もくじ>
1基本情報と歴史
2シーギリアロック(岩山宮殿)
3アヌラーダプラ(シンハラ王朝最初の都)
4ポロンナルワ(シンハラ王朝2番目の都)
5ダンブッラの黄金寺院
6ヤーパフワ クルネーガラ ミネリヤ国立公園
7聖地キャンディ1(仏歯寺 湖 ペラヘラ祭り)
8聖地キャンディ2(紅茶畑と その他の情報)
9コロンボ(政治経済の中心地 宝石の産地)
10ゴール旧市街(岬に突き出た砦)
11ジャフナ(最北部)
12自然保護区や国立公園の動物たち
13スリランカ料理
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