1基本情報と歴史
<基本情報>
ウズベキスタンとキルギスの間にある国
面積は日本の4割程度 山が多く国土の90パーセントが山岳地帯
山岳地帯のうち半分の面積が標高3000メートル 6000メートルのところもある
南部のアフガニスタンと1300キロも国境を接している
農業と畜産が主な産業 そのほか綿花の生産と水力発電がおこなわれている 隣国に電力を輸出している
(民族構成)
タジク人が84パーセント ウズベク人12パーセント その他 キルギス人とロシア人が住んでいる
混血が多く美人が多い タジク人はアフガニスタンにもっとも多く住んでいて860万人 タジキスタンでは690万人
(宗教) 97パーセントがイスラム教徒 うちスンナ派が8割 シーア派1割(※シーア派は少数派でイラクやイランに多い)
ロシア聖教が15パーセント
公用語はイラン系言語のタジク語だがロシア語やトルコ語もよく通じる
タジキスタンは資源もなく これまでロシアへ出稼ぎに行く人が多かった
しかし近年ロシアで失業し故郷へ戻るが地元でも仕事のない人が増えている
(ビザ)日本人はビザが必要 さらに30日以上滞在するのであれば滞在登録が必要 日本からの直行便はない
(伝統の織物)クンダール
タジキスタンの伝統楽器 ドイジ
(歴史)
紀元前255年頃 – 紀元前130年頃のタジキスタン
イランから中央アジアに広がる大国 グレコ バクトリア王国の一部だった
交易の中継地として栄えた
紀元前510年ころ ギリシャからも人が来ていた
7世紀ごろ イスラム教が広がった
9世紀ごろ イラン系の王国 サーマ朝 に支配
その後はアラブ人に支配される
1206年 モンゴル帝国の支配を受ける
モンゴル系の国家 ティムール帝国時代 学者も多くヨーロッパよりも栄えていた
トルコで反乱がおきトルコ系の国ができる エジプトから中国の一部まで支配
16世紀 シルクロード(重要な輸送路)も陸から海へと変わった
中央アジアも繁栄の時期は終わりすたれていった
16世紀の初めにウズベキスタンのサマルカンドがロシア帝国の領土となる
その昔 タジキスタンはウズベキスタンの領土の一つだった
19世紀 タジキスタンでもロシアの影響が強まる
1917年 ロシア革命が起こり ソ連邦が誕生する
やがてタジキスタンもソ連邦の一部となる
その後 タジキスタンはソ連に依存することになる
1920年 ソ連邦によりイスラムを一掃する政策がとられた
文字はキリル文字に変更 スターリンの粛清の被害にもあった
1985年 タジキスタンでも独立の意識が高まる
1990年代 ソ連から独立するが その後 内戦が勃発 内戦は5年間続いた
ロシアからは北部同盟軍が参戦
10万人以上の人が亡くなる
1998年には日本人の国連視察団も射殺される事件が発生する
現在の治安は安定している
<目次>
1基本情報と歴史
2首都 ドゥシャンベ
3パンジャケント(サマルカンド郊外)
~ワハン回廊~フェドチェンコ氷河
4タジキスタン料理
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