(東京駅9)震災を耐え抜いた奇跡の建物
テスト
関東大震災から一夜が明けるとそこには形あるものはすべて消え失せ燃えるものをすべて燃えつくしたかのような広大な焼野原だけが残ってました。
しかしそのとき一筋の希望の光が人々の心を救いました。焼け野原には灰と化した砂煙が立ち込める中うっすらと赤茶げた大きな壁が見えて来ました。
その大きさそしてその色はまさしくあの赤煉瓦造りの東京駅でした。
このとき東京では実に9割の建物が消滅した中 強じんな造りの東京駅だけは震災の揺れに耐えさらに炎の地獄にも耐え抜いたまさに奇跡の建物でした。
そしてそのとき家を失った多くの被災者が東京駅を避難所として利用したそうです。
震災のあと長らく不況が続きますが しかしその悲劇から7年後には震災復興も進み工業生産の拡大に伴い地方から若い労働力が首都東京へと集まってきます。
すると東京駅もかつての賑わいを取り戻していきます。
そして時代は大正から昭和に入り日本も欧米列強と肩を並べる軍事大国に成長して行きます。やがて第2次世界大戦へと突入します。
今から約70年前と約80年前(1935年と1945年)には中国の最後の皇帝(溥儀ふぎ)が来日しそのときは昭和天皇がわざわざ東京駅まで出向き中国の皇帝を出迎えたそうです
そのほかチャップリンも来日の際にはこの東京駅を利用したそうです。そしてヨーロッパで最も嫌われている人物ヒトラーも来日の際この東京駅を利用したそうです。
ーーーーーーこのあと 東京が3たび燃えることになります。今度は真っ黒焦げに焼かれてしまいます。 つづきをどうぞ
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