(東京タワー14)電波塔に〃魂たましい〃!注入〃ちゅうにゅう〃!!
昭和33年12月末(58年前)職人たちは なんとわずか1年半で東京タワーを完成させました。さらに総工費も30億円(当時のお金)で済んだそうです。
そして建設に携わった人の数はなんと21万9300人にも及んだそうです。
また東京タワーの完成は東京にとって江戸時代の大火で焼失した江戸城以来およそ300年ぶりの東京のシンボル復活でもありました。
さあタワーの下では様々な分野の専門家と職人が集まり今まさに東京タワー完成の式典が開かれようとしてました。
そこへ慌てた様子で現れたのはトラックに大きなアンテナを積んだ日本電波塔株式会社(※東京タワーを運営する会社)の社員でした。
実はこのとき東京タワーの建設にはまだアンテナ取り付けと言う大仕事が残ってました。さらにアンテナ工事は機密性が高いため電波塔(株)会社の社員が直接 行う事になってました。
とび職の経験がゼロの電波塔の社員が足場の少ない東京タワーの一番高いところに上り足をガクガク震えさせながらアンテナ工事を行ったそうです。
さらにタワーのアンテナ近くには一般の人が立ち入りることの出来ない各テレビ局の送信機室も造られました。
そしてアンテナ付近にタワー建設に携わった技術者の名前が刻まれた金属板を置いて東京タワー建設の全ての工程が終了しました。
タワー完成直後 東京はまだ高いビルは存在せず関東一帯は平屋建ての民家がずーと続いてました。
そしてそれらの民家の屋根にはポツリポツリと小さなテレビ用のアンテナが立ってました。
それまで東西バラバラの方向を向いていたアンテナが一本一本の向きを変え次第にアンテナは全部 東京タワーを見上げるようになりました。
そして各家庭にテレビが勢い良く普及して行き東京タワーは戦後の日本経済の成長を引き上げる大きな要因にもなりました。
ーーーーーこのあと東京タワーの名前が決まるまでの経緯と栃木の電気屋さんについてです。つづきをどうぞ
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