9ローランとミーラン遺跡(ウイグル東南部)
楼蘭遺跡(ウイグル東南部) |
————————–14楼蘭遺跡(ウイグル東南部)
ロプノール(湖)動く湖 水がかれ湖は1934年に消滅 貝殻が散乱 王国の繁栄を支えていたのはロプノール(湖)の水だった
(気候)年間降水量15ミリ 最高43度 最低‐29度 砂暴(砂の霧)年40日以上 細かい砂の微粒子が舞う日 年200日以上
紀元前1世紀に書かれた資料にローラン城の事が書かれていた
ぜんぜん国の遺跡 かつての都市 過去に核実験が行われた場所 砂漠にすむ鹿 鹿肉でギョーザ造り
王国は紀元前2世紀から600年間栄えた 人口14100人 兵士2912人 僧侶4000人 遺跡には仏塔跡も
砂漠に無数の柱が立つ 3000~4000年前の物 殷王朝のころ 6~8角形に削られた柱が140本
広さ74×34メートル 高さ7メートル タクラマカン最大の墓
そのほか動物の皮で造られたブーツも出土 ローランよりさらに1000年古い遺跡
赤い柱は男性 黒の柱は女性 その後ローラン遺跡までの1000年間は一つも遺跡が残っていない 空白の千年
タクラマカンに最初の文明を作った人たち 牛の皮に覆われた
3800~4000年前の遺跡 身長160センチ20代のヨーロッパ系の美女のミイラ
長いマツゲ 南シベリアからやって来たとされている 1980年に発見された
※楼蘭とミーラン遺跡巡りは費用が非常に高額!最低14500元(約18万円3日間)
遺体の周りに麻薬の一種の枝がまかれていた 2メートルの棺 60代の老人のミイラには帽子のところに2匹のイタチが縫い付けられていた
埋葬するとき牛を一匹殺している 保存状態のいいミイラの顔に乳白のクリーム状のものが塗られていた 極度の乾燥から皮膚を守る効果があった
インド系の人種 ミイラがゴロゴロ 2000年前の小麦も
駱駝の皮で覆われた2000年前のミイラ 3800年前の1歳の子のミイラも発見されている 弓
蜃気楼 毎朝みられる 砂漠にの砂に浮かぶ島のよう 木で出来た人形 木の仮面
風速25メートルの風に削られた岩 タクラマカンのスフィンクス
白龍堆 竜城 自然現象によりできた砂の彫刻 高さ20メートル
昔は湖の水があった湖の水は枯れ 湖底の固い粘土質を露出させた
近くに住む109歳の老人は再び湖に水が戻ることを夢見ていつまでも木彫りのカヌーを保管し続けている
円形のお墓 アーリア系インドギリシャペルシャ人など
軍の施設だった遺跡 古代中国の石臼(いしうす)も見つかった 淡水で生息する貝の貝殻
ナイフのように鋭く尖った無数の岩
唐の時代の5円玉のような銅線 土を放り返すと岩塩が出てくる かつて湖があった証拠 2000年前館や強度の壮絶な戦いが行われた
人口の5分の1が兵士だった 機織り機の部品やペルシャやトルコ パキスタンのガラス飾り 銅貨等が出土
3から4メートルの長い柱がいくつも立つ遺跡 楼蘭人の骸骨も出た
タクラマカンとは入ったら出られないという意味 4月に雪が降る 砂の温度は80度 その熱を利用して熱砂療法がおこなわれている
タクラマカンに10年に一度の雨 冬には雪が降る ラクダは砂漠の船と言われる
1985年 紀元前1000年(約3000年前)のヨーロッパ人のミイラが5体発見されている
シルクロードが出来る前のミイラ
服 髪の毛 皮膚まで残っていた タクラマカンの北に天山山脈がある 羊一頭1000元(一万5~6千円)毎年40~50匹売る 冠婚葬祭の時は15匹
砂漠の王者 地下20メートルまで根を張る 地下水脈の水が枯れ枯れて横たわる湖陽樹 昔は湖陽樹の大木が多くあった
地元の人は湖陽樹の枯れ木をお墓として使う
砂漠の真ん中 周りに町はない タクラマカンに最後に残った小さな原子集落 集落の歴史は400~500年
(飲食)クマッチ 小麦粉をこねて作ったお菓子
米欄遺跡(ウイグル東南部) |
————————-15米欄遺跡(ウイグル東南部)
チャルクリク県 ぜんぜん国の遺跡 4000年前のペルシャ美人の骨が見つかった エジプトのミイラとは違い自然にできた
遺跡から100体以上のミイラが見つかる 西から東へ渡ってきた カスピ海あたりの人 アーリア系民族 3000年前の男性のミイラも 皮膚や髪の毛が残っている
ホータンの北180キロのところ 山の上の墓の意味 2000年前の皮川ひせん国のとりで 崖の上からの絶景
崑崙山脈(チベットとウイグルの省境)コンロントンネル 日本列島と同じ長さ 山脈の北側にはタクラマカン砂漠
オイルロード 21億トンの石油を産出
山脈の向こうはタクラマカン砂漠(塔克拉瑪干沙漠) 塩湖 標高 3300~3800メートル
一般人は立ち入り禁止 保護区の面積は九州と同じ チルーは鹿の一種 一角獣のモデルにもなった動物
クムタグ砂漠 世界一標高の高い砂漠
7世紀のガンダーラ様式の仏塔 小さなお堂の中の頭のない仏像と壁画が残っている
9世紀ごろトルコ系ウイグルが入った 改革開放の前の人民公社が残る
数百万年前川が土砂を運び平原が出来た その土砂が乾燥して砂漠となった
水量は少ないが高さ20~30メートルの溝が出来てる タクラマカン砂漠には山から40本以上の川が流れている
タクラマカンの川は海には流れない 川の水はオアシスを潤した後 砂へと消えていく
砂からむき出しの木が何本か突き出したような遺跡
1ウイグルの基本情報と歴史
2ウルムチ(ウイグル東北部)
3トルファン(ウイグル東北部)
4クチャ キジル石窟(ウイグル北西部)
5ホータン(ウイグル南部)
6カシュガルとタシュクルガン(ウイグル西北部)
7イーニンとカナス湖と ナラティ草原(北部と北西部)
8アルマイ ニヤ カラマイ(北部と南部)
9ローランとミーラン遺跡(ウイグル東南部)
コメントを残す